院長 合田 大輔(ごうだ だいすけ)

幼少期から高校時代

小さい時からとにかく体を動かすのが大好きで、今までラグビー、テニス、サッカー、バレーボールなど他にも色々とやってきました。毎週土日は練習という日々を過ごし、スポーツ毎に骨折や捻挫などのケガも経験してよく整骨院や整形外科にお世話になっていたことを覚えています。

高校時代にやっていたバレーボールで試合前に両足を捻挫してしまいテーピングで固定して痛みを我慢しながら試合にでました。その結果、初めて腰が痛くなってきて次の日の朝は起き上がれないぐらいになっていました。親に肩を借りながらすぐに整形外科に行き、そこでは椎間板ヘルニアだね。と言われてその日からリハビリすることになりました。

突然ヘルニアと言われて頭の中が真っ白に、リハビリ中もずっとこれからどうしよう。と考えていました。病院で最後に牽引という機械をして起き上がろうとした瞬間、腰に激痛が走り起き上がれなくなりました。えっ!なにが起きたの?もう何が何だか分からず泣きながら帰りました。

そこから整骨院や鍼灸など行きましたが悪化していくばかりで、もう一生このままなのか、二度と治らないのか、治せる先生はいないのか。なんで僕だけ。と色んな葛藤が出てきました。何より一番辛かったのは周りにその痛みを理解してもらえなかったことです。

そのまま学校を2ヶ月近く休み自然に痛みが引いていくのを待ちました。痛みが引いた後も腰の不安感は常にあり、スポーツ学校に通っていたので少し動き過ぎると腰が燃えるように痛くなり、足にもシビレが出てくる程でした。結局完全に治ることがないまま高校生活を終えました。

なぜ治らないのか?本当に治らないのか?そんな思いがあってちゃんとした原因が知りたい、治せる先生になりたい。そこからこの業界に行こうと専門学校に行き治療家になることを決意しました。

修業時代

国家試験に合格して憧れの業界に就職。しかし現実は違いました。最初に入った職場がマッサージをいかに上手くするか、いかに患者さんを待たせずにするか、電気や牽引の物療をしてマッサージして帰ってもらう。

患者さんの体もいったん良くなってもその場限りで、すぐ元に戻ってしまう。そんな毎日でした。

そんな時に過労でぎっくり腰になってしまい再び立てなくなってしまい、また2ヶ月仕事を休むことになりました。決意して業界に入ったのに今まで何をやってきたんだろう。そう後悔をしていました。

転機

そんな時にたまたま職場の先輩(現院長)から1通のメールがきました。今の状態を伝えると「治したるからおいで」と言ってくれて、すぐ通うことにしました。

1回目の治療で動けるようになり3回目でもう痛みが消えて普通に過ごせるようになったんです。治療も「こんな世界があるんだ・・」と全てが全然違い、「これだ!こんな治療をしていきたい!」と思いました。そして院長に相談してみゅう整骨院で働かせていただくことになりました。

院長のもとでたくさんのことを勉強させてもらい、今では自信をもって「僕に任せてください」と言えるようになりました。

来ていただいた方に喜んでもらえるようにこれからも精進し、僕みたいに痛みや不調がある事でやりたいことができない。そういう方を1人でも多くサポートしていきたいと思っています。